大判例

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東京高等裁判所 昭和37年(ネ)2315号 判決 1963年2月27日

控訴人 原告 柏熊恒

訴訟代理人 岡部勇二

被控訴人 被告 東京高等裁判所長官 石田和外 外一名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

本件控訴状の記載によれば、控訴の趣旨は、原判決を取消す、本件を原裁判所に差戻すとの判決を求めるというのであり、控訴人訴訟代理人は、別紙控訴理由書を提出した。

職権をもつて本件各訴の適否につき判断する。

控訴人の本訴各請求の趣旨及び原因は原判決添付訴状記載のとおりであるから、これをここに引用する。

思うに、上告状に印紙を貼用すべきことを命ずる原審裁判長の命令及び当事者がこれに従わないときの裁判上の措置等は制度上本案の審判に附随する形式上の民事訴訟手続として規定されているのであるから、訴訟用印紙の貼用が行政上の手数料納付の性質を有すると否とに係わりなく、これに対する救済も、専らその手続内において、民事訴訟法所定の不服申立方法にのみよるべきであり、当該民事訴訟手続を離れて別に行政事件訴訟により印紙額の確定、裁判の取消又は新たな裁判上の措置等を求めることは許されない。もしそれを許すときは、結局訴訟手続を定めた民事訴訟法の法意に反して実質上これと異る別個の訴訟手続を認めることに帰することから見ても、その許されないことは明らかである。

以上の理は、印紙追貼に応じなかつたことを理由としてなした高等裁判所裁判長の本件上告状却下命令のように本来の抗告を申し立てることができない裁判についても同様であつて、このような裁判については、不服申立をいたずらに重ねることが訴訟制度の能率と信用を害するため、これをその審級だけで確定させるというのが法の建前であるから、憲法の違背を理由とする特別抗告のほかには訴訟法上の不服申立の途なく、別途行政事件訴訟による訴を以てその救済を求めることは許されない。よつて、控訴人の各訴は、いずれも不適法でありその欠缺は補正できないから、右各訴を却下した原判決は相当であり、本件各控訴はいずれもこれを棄却すべきものである。

なお、本件控訴を棄却するには口頭弁論を経る必要がないものと解する。

けだし、民事訴訟における当事者双方審尋主義は、最初から不適法な訴でその欠缺が補正できないためこれを却下すべき場合には適用がないことは、民事訴訟法第二百二条の規定に照らし疑いのないところであり、それは、そのような場合には相手方たる被告の意見陳述を聴く必要が全然存しないからである。ところが、控訴審においては、明らかに不適法な控訴につきあたかも右法条に照応する規定として同法第三百八十三条がおかれているけれども、訴が不適法な場合における口頭弁論の要否については別段の規定はない。

本件の場合は、控訴それ自体は適法であるから民事訴訟法第三百八十三条には該当しないが、同条は控訴審が新たな審級であることに鑑み、訴訟要件のほかとくに控訴要件の充足が要求されるところから設けられた規定であり、したがつて、この規定があることを根拠として総則編の規定たる同法第二百二条の適用を否定することはできない。控訴審の審判の対象は原判決に対する不服申立の当否であり、また、同法第三百七十七条第一項によれば、控訴審の口頭弁論はかような不服申立の限度すなわち原判決の変更を求める限度においてのみこれをなすこととなつているけれども、他方、訴訟要件のように裁判所の職権調査事項については、不服申立の限度に拘束されるものではないから、口頭弁論を開いて不服申立の限度を明らかにする必要はない。

不適法な訴でその欠缺が補正できないためこれを却下すべきものと判断するには被告の意見陳述を聴く必要がないということは、控訴審の審判をなす場合においても同様であるから、控訴審においてかような判断の下に訴却下の原判決を支持し控訴棄却の判決をする場合には、口頭弁論を経ることを要しないと解すべきである。すなわち同法総則編中の第二百二条の規定は、同条により訴を却下した判決に対する控訴審が、原判決を支持して控訴棄却の判決をなす場合にも適用あるものと解すべきである。

よつて民事訴訟法第二百二条、第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長判事 小沢文雄 判事 中田秀慧 判事 賀集唱)

控訴理由書

第一点原審は本件訴を違法に却下したものであるから取消されなければならない。

一、原審は、「上告状に貼付すべき印紙額を定める裁判長の命令は、訴訟法上の裁判長がなすべき裁判事務の範囲に属するものであり、」と判断しているが、右は法令の解釈適用を誤つた違法がある。

(一) そもそも上告状に貼付すべき印紙額は、司法手数料であつて、裁判長の命令によつて定まるものではなく、民事訴訟用印紙法によつて定まつているもので、裁判長がその自由裁量によつて決定し、徴収することのできる司法手数料ではない。しかるに原審は、右印紙額が裁判長の命令によつて定まるものであると、右印紙法を誤つて解釈し、運用している。

(二) 本件訴において問題になつている取消原因である違法行政処分は、本件上告状にいくらの印紙額を貼用すべきかという印紙貼用命令である。

右につき、牧野裁判長は金八、〇〇〇円であると決定したのであるが、控訴人は金二〇円であると主張して、右貼用命令の違法を理由にその取消変更を求めたが許されなかつたのである。

(三) 貼用印紙額が金八、〇〇〇円であるか、または金二〇円であるかは、控訴人がいくらの司法手数料を納入すべきかという公法関係であつて、裁判長が違法な貼用命令を発したならば、控訴人は右違法命令の取消変更を求める権利を有するものである。

右権利は控訴人の判決請求権の一内容をなす訴訟法上の権利である。

(四) 原判決は、印紙貼用命令は「裁判長がなすべき裁判事務の範囲に属するものであり」と述べているが、原審は裁判事務がいかなる内容のものであるかを認識していないようである。

裁判事務は司法行政事務であつて、その事務執行における違法処分は当然に行政処分として、行政訴訟の対象となるものである。

二、原審は、「この命令またはこれに従わないことを理由とする上告状の却下命令に対し不服のある者は、却下命令に対する上訴手続においてのみこれを争い得るに止まり、別訴において貼用印紙額の確定を求め、又は、却下命令の取消変更を求めることは許されない」と判断しているが、右は違法な判断で、法令の解釈適用を誤つたものである。

(一) 一体、本件上告状却下命令に対し、いかなる上訴方法があるというのであるか?原審は、全く民事訴訟法を理解していないものである。

上告状却下命令に対して、最高裁判所に上告することはできない。

(二) 控訴人は本件上告状却下命令につき、昭和三七年四月五日、最高裁判所に対し、同庁昭和三七年(ク)第一五三号をもつて、被控訴人牧野裁判長が、違法に上告状を却下し控訴人の裁判を受ける権利を侵害した憲法違反があるとして、特別抗告を申立てたところ、同庁第三小法廷は、右抗告は、民訴法第四一九条の二所定の場合に当らないとして、右抗告を却下した。

右第三小法廷は、民事訴訟法を理解しないのか、または、職務怠慢によるものであるかは不明であるが、ともかくも右抗告に対し救済を与えなかつた。

(三) してみれば、右上告状却下命令に対しては、上訴の方法がないということである。しかるに原審は、上訴手続においてのみ争い得ると誤つた判断をしているのであるから、誠に誤解と言わねばならない。

(四) 旧憲法下の民事訴訟法においては、控訴院のなした上告状却下命令に対しては、大審院に即時抗告をすることが許されていた。しかしながら、現行法において、高等裁判所がなした決定に対して即時抗告をすることは許されていない。

(五) 刑事訴訟法においては、高等裁判所がなした決定に対しては、その高等裁判所に対し異議の申立が許されている(刑訴法四二八条)。

(六) しかるに民事訴訟法においては、右のような異議の申立も認められていない。

右は立法上の不備なのであろうか?否、それは、最高裁判所の事務能力が小さいために、裁判事務処理上の便宜のために採用された政策の顕現であるのである。

裁判事務処理の便宜のために、右政策が採用されたとしても、これがため国民の訴訟法上の権利を全面的に否定したものではない。

(七) そもそも、訴訟手続に関する司法行政事務につき、別訴を認めないで、その事件の手続内において、抗告手続という簡易な手続で独立の不服の申立をさせる制度目的は、訴訟手続の錯雑を避け、訴訟経済を計ることを目的とするためである。

(八) 現行法が高等裁判所の司法行政処分につき、旧法の抗告手続を廃止したことは、一つの単なる司法政策の表現に過ぎないものであつて、右政策のため、国民の司法行政処分に対する取消変更の不服の申立方法が廃絶されたものではない。

(九) 現行法立法当時においては、高等裁判所においては、旧大審院の判事が裁判するのであるから、違法な司法行政処分はないであろうという予測の下に右上告禁止の政策が採用されたのである。

そして、被控訴人牧野裁判長は本件のような違法な訴訟行為をなし、被控訴人石田長官は、これまた、訴訟法を解釈適用することなくして、牧野裁判長が違法な訴訟行為をしても、その違法は国民の権利をふみにじつて罷り通るという専横独断な行政処分を行つたのである。

(一〇) そこで、控訴人は、本件司法手数料の違法徴収につき、止むなく別訴として、本件訴を提起して、その訴訟法上の権利を主張し、被控訴人等の違法処分につき独立して判断を求めることになつたものである。

三、司法手数料については、訴願法一条一項及び裁判所法八二条により、狭義の裁判所の監督機関である所属の司法行政官庁である裁判所に不服の申立ができるものである。

また、司法手数料は、狭義の裁判所が徴収するものでなく司法行政官庁としての高等裁判所が徴収するものである。

従つて、被控訴人石田長官は、本件訴の当事者適格を有するものである。

四、以上述べたところにより、原審は、本件訴を却下したが、右は、憲法第三二条の定める国民の裁判を受ける権利を侵害する違法な裁判であるから、取消されなければならない。

そして、本件訴は、これを審判するために原審に差戻されなければならないものである。

第二点

仮りに、右第一点の請求が認められないとしても、控訴人は、本件訴につき、別紙のとおり、予備的請求を提起するため訴状を訂正したから、原審は右予備的請求については、これを裁判しなければならないものであるから、御庁は原判決を取消して、本件訴を原審に差戻さなければならない。

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